ドラゴンジュニアのころからじんわりと応援をしている漫画家の森山大輔先生の『ワールドエンブリオ』が今年の7月、大団円を迎えたのを、ファンの割に気付いていませんでした。不覚。
やっと手元に単行本をお迎えしたので、記録記録。
クロノクルセイドのドラマCDは宝物の一つです。
漫画の感想って、批判か擁護か、そういう立場ありきになりがちかな、と思いますので、いままで敬遠してきました。
人の好みだってありますしね。
なので、強くお勧めしたり、強く否定したり、そういうことはしません。
ですが、声を大にして言いたい。
森山先生の漫画が、私は大好きです。
物語の展開に引き込まれるのはさることながら、登場人物が大変魅力的なのです。
泣いたり怒ったり、わらったりときめいたり。
下品だったり上品だったり。
キャラというよりかは、大変人間らしいのです。
クロノクルセイドを追いかけていた当時は、主人公の少女ロゼットの表情がどんどんと深みを増してゆくのに唖然とした思い出があります。
彼女の短い人生を一緒に駆け抜ける、冒険活劇の様相を呈した青春と命の儚さは、読者の心に一点のシミを残すものだとおもいます。
ワールドエンブリオでは、『(やさしい)嘘』というキーワードを軸に、もっと人の感情によりそった物語展開がなされています。
この、『優しい嘘』という概念は、クロノクルセイドのなかでも多々見受けられたように思います。
あらゆるシーンで、「今存在している幸せは仮初めの上でこそ成り立っている」という、危うくて愛おしい刹那が描かれているからです。(ネタばれはしないように努めているんですなう
それっていうのも、現実世界にも当てはまるお話ですよね。
とくに、日本社会では顕著な本音と建前の文化にぴったりと。
でも、子供の嗅覚は敏感です。
概念を言語化できなくても、違和感は確実に感じています。
『優しい嘘』は、大人には有効でも、子供には効きません。
此処まで考えて、また一つ考えるのです。
たとえそれが仮初めであっても、幸せを経験したか否かでは人生が異なってくるのではないかと。
一瞬でも幸せだった時間があれば、それを希望にして人は生きられる……それが拠り所になるからです。
しかし、普遍的に物は語りたくありません。
世の中には、あらゆる生臭い話や出来事がころがっています。
あらゆる悲しみを抱いて、人はあるいています。
でも、今食べたチョコレートが美味しいっていうのは、『嬉しい』のひとつに数えても良いんだと、私は思っています。
話がずれていった!
結論!
森山先生、お疲れさまでした!
次回作も首を長くして待っています!
セーラー服に黒タイツ最高です。
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